毬山 利貞(左)
PROFILE
情報技術総合研究所 知能情報処理技術部 博士(理学)
機械学習技術グループ グループマネージャー
2009年3月東京工業大学大学院総合理工学研究科にて脳情報科学の研究に従事し、2010年に博士号を取得
2009年4月物流機器メーカーに就職。
AIを導入した無人搬送台車、コンベヤシステムなどのマテリアルハンドリングシステムの開発に取り組む。
『研究に専念したい』という思いが強くなり、
2016年1月に三菱電機にキャリア入社し、現職に配属。
三嶋 英俊(右)
PROFILE
情報技術総合研究所 副所長 博士(工学)
大阪大学基礎工学部生物工学科で視覚情報処理技術を専攻
1986年4月三菱電機入社
映像の高画質化技術、解析技術、高能率符号化技術の研究に従事、VODサーバーや監視カメラの製品開発など研究職・開発職を歴任。この間に映像検索の研究で博士号を取得。
2014年4月、情報技術総合研究所に赴任。映像情報処理技術部でMPEGの国際標準化、8KTVの映像伝送についてNHKと共同研究。
2015年4月、知能情報処理技術部にてAI技術の研究開発に従事。
※所属はインタビュー当時のものとなります
クラウドでは処理できない領域での、AI導入に挑戦。
三嶋:
私たちは、AIを「人間の知的活動をコンピュータで実現するもの」と定義し、機械学習とビッグデータ分析を柱とする基盤技術の研究を進めています。自動運転を例に話すと、1)状況を認識して理解する、2)データを分析して予測・判断する、3)最適に制御する、という流れになります。この認識、理解、分析、予測、判断、制御といった頭脳の働きを、サイバーフィジカルな空間で実現するのがAI。そのAIの基盤となる技術が機械学習のディープラーニングと強化学習、そしてビッグデータ分析というわけです。
毬山:
三菱電機は、幅広い分野における多様な機器を取り扱うメーカーです。したがって機器へのAI実装を目指すのですが、そこで問題になるのは演算量の多さ。どんなにCPUが進化して速くなっても、画像認識センサーなどの各パーツで取り扱うデータ量は大きくなる一方。圧倒的な量となったデータの取り扱いは、通常ならばクラウド上で処理されますが、機器同士での高精度な通信が必須となる条件下ではまだ不安が残ります。
三嶋:
例えば自動運転で障害物を認識し、瞬時にハンドルを切る制御処理をクラウドとの通信で実現しようとする場合。トンネルの中とか電波が届かない場所では、センサーが反応しないリスクがあるのです。・・となると製品としては使えませんよね。ではどうすれば、通信を必要としないパーツ内で演算処理を完結できるのか?安心・安全の観点から見て、機器にAIを実装するやり方をゼロベースで模索する難しさがありました。
毬山:
課題解決に向けては、いかに精度を損なわず、データ演算の量を極小化できるかがブレイクスルーの鍵と考え探究を進めていきました。具体的には、大きく3つの基盤技術に重点を置いています。ディープラーニングだと「アルゴリズムのコンパクト化」、強化学習だと「学習の効率化」。そしてビッグデータ分析だと「時系列データ分析の効率化」。この3つの課題をクリアできれば、いろいろな機器にAIを載せて賢くしていく道が開けます。
三嶋:
機器への実装という観点では、三菱電機内の様々な分野のスペシャリストたちと積極的に交流していくことも大事です。機構設計、電子回路設計・・社内には機器の豊富な知見が蓄積されています。出口の最終製品まで創りきれるメーカーだからこそ、各製作所のエンジニアとは何度も議論を重ねていくことが「三菱電機ならではのスマートなAI」を実現するための鍵と考えました。
三菱電機のロボットアームは、失敗を効率的に学ぶ。
三嶋:
2017年5月に、「Maisart(マイサート)」という名前で三菱電機のAI技術をブランド化し、技術展開を加速させています。私たち知能情報処理技術部が中核になって独自で開発している「コンパクトなAI技術」を製品に順次搭載することで、全ての機器をより賢くし、安心・安全・快適な社会の実現に貢献していこうという取り組みです。技術ブランドの広報発表と同時に、毬山がリーダーを務めるチームが、「ロボットアームのAI制御による嵌合(かんごう)」を発表しました。
毬山:
嵌め合わせ(はめあわせ)ですね。テーブルの上にセットしたピースに、ロボットアームが別のピースを嵌め合わせる作業です。位置座標や角度など計6次元の制御で、最適な位置と角度で嵌め合わせるのが難しく、人だと習熟するまでにトレーニングが必要になります。従来のAI技術では50分ほど学習時間が必要なケースに対して、センサー情報を上手に活用することで、これを1分程度で実現できるような開発も行いました。
三嶋:
キーポイントは、強化学習のブレイクスルーを達成できたこと。これまでの強化学習はトライアル&エラーの繰り返しでした。囲碁のソフトが典型的な例で、何百万通りもの手を試しながら、試行錯誤して最善手を見つけていくやり方だったのです。でもリアルの世界では、FAで失敗をしたらモノが壊れるし、クルマでは事故につながります。強化学習のロジックに機器の知見を織り込めば、試行回数を減らして学習を効率化できると見通しました。
毬山:
デジタルは0か1、という常識を打破したのです。失敗を0、成功を1とすれば、これまでは結果だけを見て、たくさん失敗を重ねながら、たまの成功を探していました。しかし私たちは「失敗したら失敗(で終わってしまう)ではない。失敗にはひとつひとつ、ここは良かったとか、ここが惜しかったとか、何か成功の度合いがあるはずだ」と考えました。嵌合の作業で言えば、嵌まったら成功、嵌まらなかったら失敗ではなく、一回のタスクが失敗と成功、つまり0から1の間のどこにどう位置づけられるか、センサーで値を取ってプロット。あらゆるケースを試さなくても、少ない試行回数で成功するやり方を学習できるバックロジックを導き出したのです。とはいえ、その解を見つけるまでが実は大変なトライアル&エラーでして(笑)。シミュレーションして実機でテストして検証して・・・を何度も繰り返しました。
ものづくりと直結したAI研究。動きが目に見えるから面白い。
三嶋:
機器へのAI実装は、面白さはもちろんありますが対象範囲が広がるからこその大変さもあります。失敗の要因を探究するのが、なかなか大変なんですね(笑)。AIのロジックだけでなく、実装先の機器側も含めて全体の中から要因を特定しなくてはならない。つまり我々はAIのアルゴリズムと機器のメカニズム、両方を十分に理解する必要があるのです。
毬山:
私は当然ながら、ロボットは専門外。機器を触ったこともなくて、どうやって動かすのか、どのような構造でどんな動きをするのか、ベーシックなところから学び始めました。ロボットをつくっている名古屋製作所の開発エンジニアと協業したのですが、逆に向こうはAIとか強化学習を知らないわけです。お互いがお互いを初めて知る、まさに異業種交流。
でも、すごく興味を持ってもらえて、何度も電話会議をして、出張してデモして、これはいい、ここは問題だなど、お互いに熱意をもって緊密に連携できたので無事製作所へ納品することができました。専門分野も関係なく、みんなで力を合わせてゴールを目指すのが楽しかったですね。結果がロボットアームの動きになって目に見えるのも、バーチャルの世界にはない感動だと思いました。この成功例を皮切りに、様々な機器へ私たちのAI技術を実装していけることが楽しみです。
三嶋:
ロボットアームはひとつのケースに過ぎません。三菱電機は様々な機器やデバイスをつくっているので、私たちはいろいろなニーズに応えてAIの基盤技術を提供できるし、製品に組み込んで動かせます。同時に、特許などを取得して知的財産権を守る、一定の時間は自分の夢の追求に当てる、といったやりがいも味わえます。明日の安心・安全・快適な社会の実現に貢献する機器の基盤になる技術を、三菱電機の多彩なエンジニアの英知に触れながら探究できるのが、情報技術総合研究所の研究者のメリットだと思います。ぜひ新しく加わる人たちとも一緒に、とがった独自技術の研究、次世代製品の開発を実現していきたいですね。